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「私は道化ではない。
しかし、この異様にシニカルな社会は無邪気にも、
狂気を隠すために真面目さを装っているだけの人間を見抜けないのだ。
何度も繰り返すが、私は狂人ではない。
私は明晰な洞察力を持っており、今世紀に私ほど英雄的でかつ傑出した非凡な人物は、
ほかに存在しない。
ニーチェだけが-かれは気が狂って死んだが-
私に匹敵する人物であり、私の絵がその明白は証拠である」
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mariusu:

(via Twitter / natusame_eos: @CatCutePhotos …)
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(Source: cocoaaaaa)

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japanesecontent:

FH000022 (by srbh.1002)

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bornbythesea:

c-headsmag: Image by Ted Emmons / Thoughts of Life

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c-headsmagImage by Ted Emmons / Thoughts of Life

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red-lipstick:

Octomantic aka Asia (Poland) - Big Bang, 2011
Traditional Arts: Paintings
http://octomantic.deviantart.com/gallery/#/d4gg1xy

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Octomantic aka Asia (Poland) - Big Bang, 2011

Traditional Arts: Paintings

http://octomantic.deviantart.com/gallery/#/d4gg1xy

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今を生きようと思えば思うほど、知らぬ間に自分で穴を深く深く掘っていって、出口がわからなくなる。

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◎ソーシャルビジネスの損益分岐後の方向性(技術的な話なのでNPO/SB関係者など興味のある人だけお読みください)

昨日、後輩経営者から質問があったので、自分の整理も兼ねて。

ソーシャルビジネスのスタートアップで最初に目指すべき到達点は、損益分岐点(BEP)である。特定のソーシャルビジネスモデルがきちんと機能するか否か、がここで検証される。通常は種銭に限りがあるので、BEPまで基本は1年〜3年。

さて、めでたくBEPに到達した時に、何を行うか。いきなり経営者の報酬をあげてはいけない。OC(Organizational Capability=組織能力)を向上させる、特に供給ラインの質量向上のための投資を行うべきだ。

ヒューマンサービス系のソーシャルビジネス(収益モデルは事業型)の場合、需要創出と供給ライン構築は常に両輪になる。訪問型病児保育で例に取ると、保育スタッフを採用して研修しなければ、利用者は入会させられない。(無理やりさせるとサービス品質が劣化し、利用者満足度の低下を招く。)よって、供給ラインを構築→(クチコミ等による)需要創出→超過需要を受け入れるため、供給ラインを構築→供給ラインに余裕がでる→需要創出、というようなシーソーゲームがらせん状に展開し、組織成長が導かれる。

では、投資はどこにすべきか、というと供給ラインの質と量を確保できるための手段である。例えば保育であるなら、保育スタッフ採用担当者を採用する。研修担当を採用する。採用・研修チームをつくる。研修カリキュラムをブラッシュアップする。保育者のステップアップ基準を作成し、評価制度を導入する、等など。供給ラインの質量が向上することで、受益者満足度は高まり、口コミが発生し、受容創出がなされるという流れを起こすことができる。

一方寄付モデルの場合は、常に寄付収入額の多寡が事業の制約条件になりやすい。そのために「常に寄付が一定額見込める仕組み」を創ることにも投資を行うべきである。具体的にはファンドレイザーの採用、WEBのユーザーエクスペリエンスの向上、固定的寄付会員制度の構築、寄付会員のコミュニティづくり、(潜在寄付者にリーチできる)講演講師案件の拡大等など。

以上が正攻法であるが、このフェーズにおいてやってはいけないこととしては、
・組織能力以上の場当たり的な規模拡大
・非関連多角化
・本業以外へのリソース投下(ターゲット媒体以外へのメディア露出・事業に貢献しない講演案件・投資対効果の低いネットワーキング等)

等である。

基本的には、選択と集中の上の、地味な作業であるため、経営者は自分の起業家気質的な部分を抑えるための内的な葛藤を経験する。自分との闘いに勝ち、組織能力を上げられるかどうかが問われる。
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実際にその直感を今ここで話していいものか、それとも止めたほうがいいのか、はそこで選択するものです。

まずは、ありのままの感情、直感を受け入れてみることです。